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by nn_77
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カテゴリ:miscellaneous( 22 )

Nothing particularly?

Since I started updating my blog, the number of visitors has been increasing, which motivates me to keep writing my blog.
But, sometimes we have a day when we have nothing particular to note on the blog.
What should you do on such a day?

… No, no, no. I’m wrong. There shall be something to be noted during the day. I should be aware of those things that should be noted here. Time goes by like an arrow and days keep going even when I’m not aware of that speed.

I shall be more careful so as not to waste my life even a second. Let’s pay attention to things in order to learn things to improve myself everyday.
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by nn_77 | 2008-04-28 00:03 | miscellaneous | Comments(0)

日記やっとおいついた

ということで、今日1時間で、4月16日の日記から、ダァーっと一気にまとめ書きしてしまいました。雑感も多かったですが、USCPA試験に関する実務的なこと(REGのQ&Aや試験制度のこと)も書くことができました。
まるで夏休み最終日に宿題の絵日記を書きまくる小学生です。(そういえば、小学生の夏休み最終日は、本当にそうしていました。さかのぼって日記を書くときに一番困るのは「天気」欄で、1か月分の新聞を全部めくっては、絵日記の天気を埋めていたように思います:笑)

明日からまたどうやって続けていけるのか不安ですが、でも、自分の為にも続けたいと思います。

今日は朝から掃除機もかけたし、洗濯もしたし、、、、おっと、洗濯物を取り込まねば!

ところで、掃除機って、部屋のあちこちを掃除しているうちに、あのホースがねじれてしまって、ときどき本体を「くるっ」てしてやらないといけないの、面倒くさいですよね。 (>_<)

最近、主夫なnnです。
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by nn_77 | 2008-04-27 17:55 | miscellaneous | Comments(8)

誤解

北京オリンピックのこともあり、中国や、日本、そして各国のいろいろなことがTVや本でいろいろと触れられていますね。
ときどきよくないな、と思うのは、「中国は」とか、「アメリカは」とか、そういう国名を主語にした本を出したり、TVのコメントがあったりすることです。

例えば、「日本は○○だから・・・・だ」なんて書くと、日本人がみんなそうみたいに思いますよね。国名が主語になる事は怖いと思います。
せめて、「日本政府は」とか「当時の中国当局は」とか「アメリカの軍部は」とか、もう少し主体を絞り込んでコメントしたほうがいいですよね。

こんなことからその国に対するイメージが出来上がって、いろいろな誤解が生じているのが本当のところだと思います。
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by nn_77 | 2008-04-21 16:33 | miscellaneous | Comments(0)

信頼

誰かに裏切られたような気持ちになるとき、辛い気持ちになりますね。
裏切られることを恐れて、最初っから相手に心を開かなかったりすることもありませんか?

裏切られる、というのは、「信頼してたのに」とか「あの人なら分かってくれると信じてたのに」みたいな気持ちからくるものだとおもいますが、そこにはいつも自分自身の「甘え」があることに気づきます。
人を本当に信じるということは、その事柄(お願い事とか、相談事とか、秘密保持とか)に対して、相手に「大きく」依存することです。つまり甘えることです。
そうやって甘えるのは、相手に対して非常に負担が大きく、本当は親子の間でも難しいことです。まして、他人であれば、なおさら難しい。

そんな難しい「甘える」という行為を「信頼」という言葉に置き換えて、「信じていたのに」というと、なんだか相手の方が悪いような表現になり、相手にそれだけ依存した自分の「甘え」は言葉に出てきません。

私が言っていることは、「人を信じるな、疑え」ということなのか?と問われると、そうかもしれません。
しかし、それは相手の悪意を想定しろ、というのではありません。疑心暗鬼になれというわけではありません。

人はみんな社会の中でお互いが役割を果たして支えあいながら生きていると思います。独りでは生きていけません。
だから日常の中で人を「信じる、頼る」こと無しに私たちの生活や仕事は成り立たないでしょう。

だから、せめて、このことを胸に留めておきたいと思います。

「信頼」とは「甘え」と表裏一体の行為であり、単に「信頼」するというのは(親子間くらいであれば辛うじて成立しうるかもしれないくらいの)無責任な行為であって、したがって誰かを信頼するときは、相手が信頼に応えやすいような状況をセットで提示してあげるくらいの心配りが無いと毛頭成立しないのだということを。

上記は、相手を信頼する側の立場の考え方です。
相手から信頼を受ける場合については、相手が「甘えたい」状況を理解して、できるだけ相手を甘えさせてあげられるように、努めたいですね。
それが「信頼を得る」ということにつながり、その誠意が伝われば、今度は、自分が相手を「信頼したい」ときに救われるような気がします。
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by nn_77 | 2008-04-20 16:15 | miscellaneous | Comments(0)

会社は誰のもの?

ホリエモンや村上ファンドがメディアを賑わしていた頃、会社は誰のもの?という議論がよく交わされました。

「誰のもの」の「もの」をどのように定義するかによって変ってくるのかもしれませんね。
それによって、株主、債権者、従業員、経営者、お客様・・・などなど、いろいろな人が自分が享受する権利を守る為に「私のもの」と言う事ができてしまうのだと思います。

感情にまかせて書けば、nn的には、会社を「もの」ととらえることに違和感を感じます。

特に、法人は、法人格を与えられた自然人です。私はヒトと同じようにとらえていいと思います。
法人は、その法人が財産を所有したり、契約の相手方となって契約行為を行ったりすることができます。
そうやってビジネスをして成長していきます。
もちろん、法人それ自体は話したり、電話で商談したり、契約書に署名したりできないので、代わりに、経営者や従業員がそうしたことをしたり、また、株主や債権者が資金を提供して、法人の商行為を援助していきます。
親が子供にお小遣いをあげたり、子供の代わりにいろいろしてあげるのに似ていますね。
子供は親の「もの」でしょうか? そんな風に考えると違和感を感じるように、法人を誰かのもの、と考えることにも違和感を感じます。
子供をなぜ育てるのか?ヒトはみんなそれぞれ社会の中でなにがしか役割があって、だから社会がなりたっていて、それゆえ、親や周りの人や社会には子供を育てる義務があるのだと思います。

同じように、企業もまた、社会の中での役割があり、それを果たす為に生きていくため、利益という栄養が必要で、そのために、株主、債権者、従業員、経営者、お客様がみんなで育てていく必要があるのだと思います。

私はサラリーマンで、ちっぽけな一従業員でしかありませんが、それでも、自分の会社の為に、つまり自分の会社が「育つ」ように頑張っていこうと思います。
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by nn_77 | 2008-04-18 16:00 | miscellaneous | Comments(0)

Updating of nn's blog resumed

今日は4月27日です。
Blog日記が10日近く滞ってしまいました。

10日分とばして4/27から書こうかな、と思いましたが、4/16分から追い上げて書いていきたいと思います。

本当は師匠でありライバルでもあるK.T.さんの日記のように、その日のことを書いていけるのがいいのですが、私はまだなかなかその域まで達していないので、日常思う雑感などを交えながら、日記のキャッチアップを行いたいと思います。

もうBlogを続けるのはしんどいな、と思いながらもやっぱり続けるのにはやはりいくつか理由があります。

ひとつには、USCPA試験合格を目指して(偶然)私と同じ時期にBlogをはじめた仲間が今、合格に向けて頑張っていて、それを応援する想いからです。
勉強というのは自分がするものであって、人から助けられても、それがヒントになる事はあっても、人からの助けで勉強が成し遂げられていくということはありません。
あくまでも自分独りの戦いです。
だから、私が何かをできるとしたら、多分それは、このBlogを続けながら、友人の努力を見守り、そしてささやかながら応援し、祈る気持ちを持ち続けることぐらいだと思います。
その為の証として、今はまだblogを続けて行きたいと思います。
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by nn_77 | 2008-04-16 14:49 | miscellaneous | Comments(2)

感冒了。

感冒means “catch a cold” in Chinese.
Yes, I got a bad cold at the very end of this fiscal year. Too bad.
I wish it’s not flu.
I had no choice but to come to the office. So I crawled out of the bed and went to the office. Now I cannot remember exactly what I did in the office today, but it seems I’ve done what I was supposed to do today.
Well, I gotta have a rest today at home.
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by nn_77 | 2008-03-31 22:57 | miscellaneous | Comments(0)

Purchasing a new printer

Today I went out shopping with my wife to purchase some daily commodities.
We visited various places in Tokyo and we were exulting every time, finding ourselves standing in those places where we used to see only on the TV screen when we were in Kansai (^_^;)

Besides other things, today I bought a PC printer because I disposed of the previous one, which was malfunctioning and finally stopped working before I left Osaka.
Now the year end is approaching and we have to prepare New Year cards, and so we decided to purchase a printer.

Holding a flyer in hand, we visited Yodobashi and bought a Cannon printer MP610.

Unpacking the box at home and reading the instruction manual, I was amazed by a lot of functions of the printer; printing, scanning, copying, photo-printing accepting picture data directly from media. It cost me about 20,000 yen. The previous printer cost as much but it could only print documents…

These digital gears are constantly advancing day by day.
I wish I could improve myself like them!
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by nn_77 | 2007-11-23 08:47 | miscellaneous | Comments(2)

記憶の構造

「どんなノート作りをするのか、どんなメモを取るのか、それはひとそれぞれですね」と私がいつも言うのは、逃げているわけではありません(汗) 私がこうした考えを持つのは、人の記憶について、下記のように考えているからです。

人の記憶とコンピューターの保存データの一番の違いは「連想」の有無だと思います。コンピューターのデータは、一度保存されれば、ずっと残りますが、そのひとつひとつは、独立した無機的存在にすぎません。

コンピューターのデータも互いに関連づけされてる、という意見もあるかもしれません。パソコンのファイル構成の樹形図(ディレクトリ構造)、このブログのタグ機能や、インターネットのハイパーリンク・・・

しかし、コンピューターにとっては、これらそれぞれのデータ自身が必然的に整理され、関連付けられているわけではありません。あくまでもコンピューターを操る人間が認知しやすいように、人間の視点で整理されているだけです。

一方、私たち人間の記憶は、いわば連想の渦が無数にあるようなものだと思います。だから、ひとつのキーワード、キーフレーズ、あるいはキーコンセプトから、ずらずらっと関連記憶が呼び起こされます。文字情報にかぎらず、音、映像、匂いから再生される記憶もあります。

確かに、人間の記憶は、コンピューターのデータほど長持ちはしない。でも、私たちが何かを思い出せないとき、それは、記憶自身が消去されたのではなく、キーを失ったか、そもそもキーを作らなかったかのいずれかだと思うのです。だって、人の記憶がパソコンのデータみたいにきれいに消えるなんて、考えにくいですもの。それができるなら、消したい記憶は沢山あるのですが(笑)

小学校の同級生の名前、私はほとんどみんな「忘れました」。
でも、何年かぶりに帰省して、昔を思うと、仲の良かった友達を思い出し、それがまた、キーとなって、他の友達を思い出したりもします。こうした連想は、私が当時、意識的に記憶を整理して関連付けしたのではありません。無意識のうちにそうしたか、もっといえば、人間の記憶というものが、そうした「関連付け」無しには存在しえないものなのではないかとすら思えてきます。

丸暗記が覚えにくいのは、関連づけの対象がないからです。だから、歴史の年号は「鳴くよウグイス・・・」って情景との関連付けになるし、九九も、声にだして、音・リズムとの関連付けになってしまうのです。

これを利用して考えるなら、記憶の再生のコツは、いかに上手に、この「キー」を作るかになります。

膨大なノートやテキストをあとで自分で読み返してみても、ひどいときは「なんであのときこれが理解できたんや?」とさえ思ってしまうことがあります。かと思えば、付箋紙の少ない情報から、「あれはこういう話で、その背景にはこれがあって、それに関してはこのトピックも繋がりがあって・・・」と、どんどん発展させていくこともできます。

正しいキーと鍵穴を作っておくことができれば、どんどんドアが開いて記憶がでてくるし、キーを作っていないと、もう、何も出てこないんです。

そして、この「正しい」キーというのは、多分、本人にしか作れません。というのも、私が思うに、人の記憶、というのはコンピューターのデータみたいに、コピーして移していくことが出来るものではないからです。

例えばMSワードのファイルなんか、パスワードを設定して、他の人にEmailで送って、他人のPCで開くときも、同じパスワードで開けば、全く同じ内容の文書ファイルが開きます。でも、人間の記憶、人に口頭や文書、その他様々な伝達手段で伝えたとしても、相手の脳に移った段階で、それは相手の記憶になってしまい、元の情報とは、何かが違うはずです。

私は、冒頭で、「人間の記憶は、連想の渦が無数にあるようなものだ」と推論しました。この通りだとすれば、人間の記憶は、連想の連鎖によって形成されています。そして、連想の形というのは、ひとりひとりの実体験によって大きく異なります。

「リンゴ」という文字列で、あなたは何を連想しますか?

この3つのカタカナで、Googleの画像検索をしてみたら、こんな結果でした。
a0050593_1714713.jpg

赤いリンゴ、青いリンゴ、半分に割ったリンゴ、お皿に乗ったリンゴ、木になったリンゴ、ひとつだけのリンゴ、複数のリンゴ、美空ひばり(赤いリンゴに唇よせて~♪という歌がある)、などなど

簡単な、「リンゴ」という言葉でも、無数の連想があります。多様な専門用語で資格試験のような内容を勉強したり、ましてやそれが外国語の試験だったりしたら、もう、大変ですね。
みんな、同じことを勉強しているはずなのに、ひとりひとりの頭の中で展開しているイメージは、きっと千差万別です。違う人が、同じ問題をみて、同じ解法を使って、同じ答を導いたとしても、それでも、それを思考している時、記憶を再生させているときのイメージ、ニュアンスはとても差があるものだと思います。

だから、ある人の記憶再生に必要なキー、そのベストな形をつくれるのは、連想する本人だけなのです。もちろん、人は応用力がありますから、人が作った「キー」を使って、自分の記憶の扉を開くことも出来るでしょう。しかし、必ずしも有効なケースばかりではありません。同じ復習の授業を聞いて、「ああ、それやったやった」と思う人もいれば、「え、そんなんやったっけ?」と思う人もいるわけです。

学校の先生の仕事は、できるだけ多くの生徒の記憶の扉を開くことの出来る万能キーをつくることです。それがまとめの板書になったりするわけです。しかし、人間一人一人連想の形が違う以上、万人にとって有効なキーを目指すと、一人一人の人にとっては、どこかが違うキーになってしまいます。

だから、この記憶の扉を開くキー、作れるのは、まさに自分だけ。
ある一定のまとまった事柄を記憶しておきたいとき、自分なら、どんなキーであれば、それをキッカケにして、ずるずると記憶の連鎖を引き出していくことができるのか、自己分析の世界です。
自分がその事柄についての記憶の再生をするのに一番有効なキーは何か?を自分で発見できれば、きっと素晴らしいノート・メモになるはずです。

だから、思うんです。
どんなノート作りをするのか、どんなメモを取るのか、それはやっぱり、ひとそれぞれなんだろうな、って。
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by nn_77 | 2007-09-18 17:14 | miscellaneous | Comments(0)

I love Drinkin' in decency

When I show up at the office in the morning, I was fine, completely recovering from yesterday's nightmare.
No matter how much (or how stupidly) you might drink at night, you shall never carry over any aftereffect to the next morning as far as you are in business in your society; and I'm no exception! A single side-effect was that I didn't have time to update my blog in the morning or at night. Since today, my blog is to be left un-updated for almost a week
... who cares? (^_^)

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Today my superior took me out to have a dinner and a drink in Kobe.
I don't dare to introduce the restaurant here because It's a kind of his lurking place, where business men have a break in a silence, avoiding bustle in the office street.
The dishes were all delicious and the time I spent with a glass of cocktail healed my exhausted mind. Remembering last night's stupid lousy drinking party, I strongly felt that, when I drink outside, it should be in a calm environment like this so that I can talk to myself, reflecting over things that I have in mind.
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by nn_77 | 2007-08-09 11:01 | miscellaneous | Comments(0)