nnのCPA試験の旅 in Hawaii CPA試験の旅 in Hawaii

Hello again!


by nn_77
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

戻ってきた

ひさしぶりにパソコンから投稿。

ここ2~3か月、仕事のことや人間関係のことなどでいろいろと悩み、酒量も増えたりしながら、いろいろとクヨクヨ考えていました。
しばらくなりをひそめていた、ブルーに陥りやすい昔からの性格がまた出てきたんですね。

それに気づくのにずいぶん時間がかかりましたが、2ヶ月くらい前にようやく気づいて、図書館でいろいろ心理学や精神分析の本を読んでみたりしてました。思えばこれって、大学時代によくやっていたことなんですよね。あの時もブルーでした。

うわぁ、あの時と同じ状態に陥っているのか~?とちょっと(というか、かなーり)焦りました。20年経って、自分はまったく成長していないじゃないか、とも思ったりして。

特に直近の1か月は相当やばかったです。それは、もう、毎晩独りで飲みに行ったりして。前々から独りで飲みに行くというか立ち寄ることは時々ありましたが、今回のそれはちょっと違いました。いやはや。。。

それが、ここにきて、少し復調してきました。(ホッとしてます)

キッカケは、島田紳助さんの下記の動画を久しぶりに見て、またそれをきっかけに同氏の昔の番組の動画をYou Tubeで見たことです。

https://www.youtube.com/watch?v=kvxx-ipdLyM

日本を離れてSNGにきてはや8年が過ぎ、その間、すっかり日本の民法バラエティ番組は見なくなっていました。

英語が好きだったこともあり、仕事にも没頭し、海外で外国語を使って専門業務に没頭する毎日を送る中で、昔は日本でTVでよく見ていたしゃべくりエネルギーをすっかり忘れてしまっていたなぁとあらためて思いながら、久しぶりに見た紳助さんの話しぶり、さんまさんの話しぶりなどをみて、「ああ、そうそう、これこれ」と、忘れていたものを思い出したように思いました。

ブルーな時の私は、結局は「かまってちゃん」なんですよね。おもえば、子供のころからきっとそうでした。そんな子でした。

落ち込んで、落ち込むそぶりを回りに見せて、同情を得ることで、存在意義に許しを得ようとする。
まさに自分は、基本、そんな人間として生きてきたな、そんな人間だったな、と思います。

落ち込んでいない時でも、自分自身の存在自体に自信がないから、他者に求める承認欲求のそれはそれは激しいこと。
だから優等生を頑張ったり、褒めてもらおうとしたり、誘ってもらおうとして逆にわざと離れたり。。。
周囲のヒトの引力に引かれていないと自立していられないようなメンタリティ。

ああ、面倒くさいやつですね。自分で自分をこうして記述していて思います。
なんて恐ろしいというか周りにとって迷惑な面倒くさい性格をしてるんだろう、と。
甘えですよね、周囲に対しての。

こんなキーワードでネットで検索していると、アダルトチルドレンとか、幸福論とか、ポジティブシンキングとか、Cognitive Behavioral Therapy(CBT)なんていうのに出くわします。

この3か月間、そういうのをぐるぐる見渡しては、「ああ、こうしてこんな情報をさまようって、大学時代もしていたなぁ。なんて自分は進歩がないんだろう、人は変わらないなぁ」なんて思っていました。

そこまで思えるように自分を客観視するところまで自力でこれただけでも、よくやった、とほめてやりたいわけですが、心の悩みが解決しない限りは、なかなかそうは思えません。

そんな私が紳助さんの動画やしゃべくりの動画をみていて、「あ、これかな」と思ったのは、「自分がどう思われたい」という思考ではなく、「相手の心をどう動かしたい」という思考になればいい、ということでした。

「自分がどう思われたい」というのと、「相手の心をどう動かしたい」というのって、考え方を間違えて「相手の心を動かして自分のことをこんな風に思ってほしい」としてしまうと、同じ失敗に陥ってしまいます。

そうではなく、ただ純粋に、相手の心に働きかけて、訴求して、伝えて、どこまで動かせるかを一生懸命、能動的に考えるんです。
そうすると、相手に自分のことをどう思ってほしい、なんていう受け身の発想が相対的に引き潮のように引いていきます。

相手に自分のことをどう思ってほしいというのは、網を張る漁業かもしれません。「同情」とか「承認・賞賛」という種類の魚が沢山かかってくれたらいいなぁ、なんて思いながら、周りから同情を得やすいような撒き餌を巻きながら、網にかかるのをただ待つ。情けないですね。

これに比べて、相手の心を動かそう、感動させよう、楽しませようと、それを追及する思考は、狩り・狩猟っぽいかもしれません。
槍や弓矢で積極的に相手にアプローチしていきます。しとめてやろう。捕ってやろう。逃がさないぞ、と。

会社でも、部下や後輩など周りの人に対して、相手の自主性を尊重するとか言っておきながら、そんな周囲の自分に対する評価をを甘え心で気にしすぎずにいられない、とってもダメな自分であったわけですが、これからは、そうではなくそんな周囲の人たちにどのように働きかけていってやろうか、という攻める(?)思いで、前向きかつポジティブに戦略的にコミュニケーションとっていこうかな、と思うようになれました。

自分がどう思われるか?って、結局、相手の目線で自分を見ようとして、かつそんな相手の視線がこうだったらいいなという妄想・願望に強く依拠する思考なんですよね。恋なんかをしたときって、一歩間違うとすぐにこんな思考になりますね。相手のことを好きというよりも、相手にも自分を好きになってほしい気持ちで苦しむ、あの感じに近いかな、と。

でも、そんな相手の目線に期待している妄想・願望の作り手は自分の脳なので、永遠にこの欲求は満たせないんですよね。SFのように相手の心に入り込めない限りは。相手の目に映る自分がこうあってほしいというその目線は既に自分の目線なので、自分自身で自分を認められない自分が相手に依拠するための承認欲求を満たす手段として、実は何処かに矛盾がある考え方なんだと思います。だから苦しい。

人の心に働きかけて、感動させよう、笑わせよう、楽しませよう、という道化は相手の心を動かすことそのこと自体を目的としているので、その結果、自分がどう思われるかは、気にしてないことはないとはいえ、二の次です。
nnさんすごいですね、好きですよ、と思われるのが一番の目的ではなく、何かの話やメッセージ、アイデアを伝えて、その内容が相手の心のツボを押すことが一番の目的。マッサージ師に近いでしょうか。そりゃあ、先生、いい腕してますね、好きですよ、といわれたくなくはないでしょうが、それ以前にまず、うまくツボを押してお客様を気持ちよくしてあげたい、と思うんだと思います。(結果的に好かれればさらに良し、程度)

なんだか、霧が晴れたような気がして、ふとこのブログのことを思い出し、今、こうして思いついていることを記録しようと思いました。
いろんな意味で、「ああ、戻ってきた」のかも、と思い、こうして筆を執りました。

朝の5時から書き始めて今は6時。ちょっと昔のCPA受験勉強していたころの早朝ブログを思い出しました。

ちょうど飲み会の予定もひと段落したので、上記のアプローチをうまく活用していけるようであれば、今度こそ、お酒も含めて生活習慣も見直していきたいな、と思います。

それでは、また。

[PR]
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by nn_77 | 2018-05-29 06:59 | 生き方 | Comments(0)